管理人の三分間メモ
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運転免許の取得方法の違い

もう40年近く前の話なので今の人には参考にならないかもしれません。
日本の場合確か16歳で原付の免許、18歳で普通車の免許が取れました。 今も年齢制限は変わらないかも知れませんが、当時は二輪の免許には小型も大型もなく原付か二輪の 二種類でした。
私が免許を取ったのは確か23歳か24歳のときでした。学生時代はオートバイも車も興味はあったが 免許を取りたいという気持ちは強くなかったが、最初に勤めた会社が物流関係の会社だったためいずれ 運転免許が必要になった。

自分は助手でも上乗りでもなんでも良かったが会社が会社なので社員全員に運転免許を取らせる制度があった。
その会社はある自動車学校と提携していてその教習所の近くに5-10人が合宿できる設備を持っており自分を含めて 何人かが合宿に入った。10日か2週間の集中コースで毎日限度一杯の時間、確か1日2時間だったと思う、教習を 受けることができた。時間の空いている時は学科の勉強をすることになっており「100%一発で受かる」ことが半ば義務付けられて いたように思う。
期間内に首尾よく全員が一発で普通免許を取得することができた。その後大型免許、牽引免許なども会社の勧めで取ることに なったが、これは通いで免許を取った。

29歳の時に転職をした。そしてタイのバンコック支店に転勤になった。国際免許を持って赴任した。当時のバンコック では交通手段は自家用車、バス、タクシー(サムローを含む)以外はなかった。 地方の人は長距離バス、鉄道、飛行機もあったが、市内に住んでいる 人は地下鉄があったわけではないので一般市民の足はバスだった。 タクシーは40年前の日産ブルーバード(初代)と トヨタのコロナ(初代)の中古車が主流だった。 窓ガラスがなかったり、中にはドアが無いもののたまにあった。凄い時代で あった。
自分はとりあえず中古の車を買った。 しかし、いつまでも国際免許で乗る訳にはいかず、いずれ期限が来る。 ある日タイ人のマネージャーが「運転免許どうする?」と聞いてきた。どうするって言ってもとてもタイ語の試験を受ける能力は なかった。「闇の免許はないの?」と聞いたら二つ返事で「有るよ」だった。 500バーツ(当時で5000円)を払ったら2-3日 後に免許を持って来てくれた。それで以降4年間運転をした。

次に、カルフォルニア州のロスアンゼルスに赴任になった。日本の人は「ロス」と呼ぶが現地に住む人は「エル・エー(LA)」と 言う。 日本の免許を持っていれば実技試験免除と言われた記憶がある。 それで「実技試験」は免除された。学科と視力検査だけで終わった。学科試験は英語なので 問題なく(もちろんテキストはよく読んだ)受けることができた。後で聞いた話だが日本語のテスト用紙もあったらしい。

1年後にニューヨークの隣のニュージャージーに転勤になった。規則ではたしか「2週間以内」に免許の取得を義務付けられて いたように思う。国際免許は6ヶ月有効だが今回はそれではないのですぐに取得が必要だった。
「カルフォルニアのライセンス?交換なんかできないよ。取り直しだ!」運転免許試験場であっさり言われた。すべて取り直しである。 つまり実地試験、筆記試験を普通の人と同じにしなければならないのである。今更自動車教習所に通うつもりも無いので「一発 受験」の道を選ぶ。その前に交通法規の筆記試験がある。 「なあに、カルフォルニアもニュージャージーも同じようなものよ」 とたかをくくって何の勉強もしないまま筆記試験を受けた。

結果は見事にこけてしまった。 自分の場合いつも一番問題となるのが血中のアルコール濃度の比較等の問題だ。ビールコップ 3杯とウイスキーコップ3分の1、ワインコップ1杯がどれが一番アルコール濃度が濃いかどうか、どうのこうのという問題は 必ず出るが酒類を飲まない自分には皆目分からない。で、次の試験日(1週間後)までテキストブックを3回ほど読み直した。 2回目の筆記試験は問題なくパスした。そして、実技試験も問題なくパス。 日本語の筆記試験もあると聞いたが「誰が和訳 したか、その日本語が理解できない」という話を聞いていたので最初から日本語のテストを受けるつもりは無かった。

6年後にドイツのデュッセルドルフに転勤になった。 またまた免許だ。
免許場に行ったら「アメリカの免許?そんなもの何の役にも立たない」と言われた。  「日本の免許を持っているか?あればそれと交換できる」と免許場で言われたがアメリカに8年いる間にいうまでも無く日本の 免許は失効していた。日本には2年に一回は帰国していたが更新手続きを怠っていた。
また、免許の取り直しだ。 今度はまさかドイツ語では? と思ったが自動車学校が「英語で試験できる」と聞いてほっと胸をなで おろした。 街中に「自動車学校」の看板はでているが教習所があるわけではない。いきなり路上運転で練習になる。 とは 言っても初めてではないので運転そのものは問題ないが道路標識がドイツ語なのでそれを覚える必要があった。 アメリカも ドイツも右側通行だから運転はスムーズだった。8時間ほど教習を受けてから英語の筆記試験を受けて、これはパス。 次に 実技試験になるが、これもいきなり一般道で試験をする。途中アウトバーンもコースに入っている。「アウトバーンではすくなく とも130km以上出すこと」と教習所の教官に言われていた。暴走族じゃああるまいし「そんなスピード出したこと無い」と言ったら 「落ちたいか?」と言われた。 結果、免許は一発で受かった。めでたしめでたし。

ドイツで5年仕事をして再度ニュージャージーに転勤なった。
ドイツがアメリカの免許を無視しているということはアメリカもドイツの免許を無視しているだろう。前のアメリカの免許はドイツに 5年いる間に当然のこととして失効しているのは自分が一番良く知っていた。
免許場に行って免許取得手続きをして金を払って順番待ちをしていたら呼び出しを受けた。「あんたアメリカの免許を持っているか?」 と聞かれた、「持ってるけどもう期限切れだ」と答えたら、「その免許があれば試験を受けなくて良い。今でも新しいのを発行する」と 言われた。 ラッキー!

今は以下の車が運転できる免許を持っている




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