管理人の三分間メモ
経験談を主体に書いています





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石原都知事、アホな記者
の質問にブチ切れ


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淡い初恋の話

男性でも女性でも誰でも一度は経験する「初恋」、二度目以降は初恋とは言わないでしょう。 甘酸っぱいのもあれば、苦いのもあれば、辛いのもあるかもしれない。
今から40数年以上も前の話だから今の自分も決して若いと言える歳ではない。
しかし、若い時代は人並みにあったのだ。 今の時代と違い昔の子供は皆真面目だった。多少の悪はいたが今ほどの 悪はいなかった。

 親父狩りだの援助交際だのいやな世の中になったものだ。 一体誰がそうしたのか?
政治が悪いのか、学校の教育が悪いのか、親が悪いのか。
多分その全部が多少の片棒を分担して担いでいると思う。
政治は昔から似たりよったり、大した政治家は数えるしか出ていない。 その少ない大した政治家だけでは世の中そうは 良くすることにも限界があったろう。
責任の分担の一番多いのが「親」だと思う。 昔の親は威厳があった。家の中でも一家の大黒柱としての地位があった。 それも当然で父親が稼いで一家を養っているのだから。
学校はその親の後押しがあったから、後押しでなければ黙認かもしれないが、教育以外にもしつけも学校がしてくれた。

教師の話を聞かなかったり、クラスの授業の妨害をするような生徒には遠慮なくビンタが飛び、教室内では黒板消しが UFOのごとく飛んだこともあった。
チョークは弾丸のごとく飛んだのである。 すべて教壇から教室側に飛んだものだった。
それらビンタやUFOのお陰でかなりの数の生徒が道を踏み外すことなく留まっていた。
それがいつの頃からかなくなってしまったのだ。
元はと言えば都会の学校のPTAが教師に文句を言ったりしたところから始まっている。
田舎は保守的だから教師との相性は良かったが良くも悪くも東京の影響は全国に伝播してしまう。

40数年前を思い起こすに小学、中学の時代にクラスの女子生徒の中で「友達になりたいな…」と想った女の子が3-4人いた。 随分と控えめな表現方法であろうと思えるが、古き良き時代とはそういうものである。「ナンパ」なんていう言葉すらなかったのである。 ナンパなんて言おうものなら「そりゃ、難波だろう?大阪のことだろ?」という返事が返ってくるのが当たり前の時代であった。

最初に「友達になりたいな」と意識した相手の娘(こ)は確か小学3-4年生の頃だったと思う。
上二人が兄の家庭で育ったので女の娘との付き合い方も分からなければ、話し方も分からないのであった。
それに自分の性格としては「明るい」性格では有ったが、「しゃしゃり出る」という性格は持ち合わせていなかった。
相手の名前は「ヨーコ」といっても「港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ」のようなどちらかというと「飛んでいる」ようなニュアンスを 思い出す娘ではなかった。 しばらくして自分が転校になったのでそれで終わってしまった。聞けばどうも遠い親戚の娘だったようである。

次は小学5-6年生の頃だと思う。名前は「シズカ(静)」。静御前(源義経の妾)がどのような女性だったか知る由もないが 「多分このくらい美しい女性だったろうな?」と思いたくなるほどの美人だった。生まれたばかりの赤ん坊が美人になるかどうか 親でも分かるはずはないので多分家系的に美人の家系だったのだろう。或いは母親が飛び切りの美人で「子供も美人になる」と分かって いて付けた名前かもしれなが。
言うまでもなく一言の会話もした覚えがない。
同じ「しずか」でも亀井静香なる政治家がいた。お世辞でも男前と言える人物ではなかったが、親が名前を付け間違えたのか。

「友達になりたいな」と想いを寄せる娘(3番目)が一人出てきた。
自分は異性に対しては非常に晩生(おくて)であったと思っている。男兄弟の中で育ったせいかも知れない。
女生徒と会話をした記憶がない。 まさか?と思うかもしれないが、そうなのだ。
男とは普通に付き合えるが女生徒となると全くと言って良いほど会話がなくなってしまう。
その点では結構「損」をしてきたのではないかと時たま思い返すことがある…。


3番目は「トシコ」、多分中学1年生の頃だったと思う。 朝学校に行くと、と言ってもいつも始業時間ぎりぎりに行くことが多かった。  遅刻はしなかったがせいぜい始業時間の5-10分前に教室に入るのが普通だった。
教室には前(教壇側)と後ろの出入り口があった。その後ろの出入り口のところにいつも同じ娘が立っており、自分が前の出入り口 近くまで行くと自分を見てから教室内に引っ込むのだ。自分の後ろから別の男子生徒が着いて来ていたかは覚えていないが…。
それを何度も何度も繰り返されると子供心にも「あの子は俺に気があるのかな?」と思ってしまう。
しかし、晩生の自分は自分から話しかけることはなかった。 勇気がなかったのである。
が、相手も彼女から話しかけてくることも無かった。(まあ、これは普通だろうが…)
お互いが意識はしている(と思えた)が今ひとつきっかけがないのだった。
最初の2人の娘は明らかに自分が抱いた淡い恋心というか片想いみたいなものだったが、3番目の子はもしかしたら相手が先で自分は それに影響されて同じ気持ちを抱いていたのかもしれない。高校時代も同じクラスだったが話をしたことはなかった。
振り返ってみるに自分の人生で「女生徒」と話をしたことは授業関連以外の世間話では多分一度も無かったのではないかと思える。 相当変わっていると思っても良いと考えている。


中学や高校のクラス会は盛んだが、一度も出席したことが無い自分はその後の消息など分からないが、3人とも美しい女性になって (自分は相当な面食いだった)、幸せな伴侶を見つけて、家庭を持って、今や肉付きの良いオバさんになっているだろうと思うが、 色恋を抜きにして語れる今はその時分の心情を聞いてみたいような気がする。
聞いてどうなるものでもないが、40年以上も昔の事なのに今だ時たま気になるのは変だろうか?
まあ、それこそが初恋の淡い想い出ではなかろうか…?

自分は今や二人の子供の父親で普通の家庭のオヤジである。
ちなみに失恋はしたことがない(これは自慢したい)。と言っても恋愛自体がたくさんあったわけではない(笑)。
が、一人の女性を泣かしたらしい。(「らしい…」とは身に覚えがないからである)
女性を泣かす男なんて最低の男であると思っている自分にとっては「身に覚えがない」事柄なのであった。
「弱いものいじめはしない」正義の味方。

32歳の頃のある日、南国に転勤していた時分に一時帰国した際に、父親から「○×家の娘はお前と同級生だろう。その娘がお前(私) とでなければ結婚しないと言っているらしいがその娘と何かあったのか?」と聞かれたことがある。
後でその娘と同じ町に住む叔母(父親の姉)からも同じことを言われたことがあるので、父親はその叔母からの話で私に確認のつもりで聞いたものだと 思う。
想い出して見ると、その前年に「31歳にて独身」のその娘が「31歳にて独身」の私の住んでいた外国の町に たった一人で旅行に来たのである。日本国内ならまだしも右も左も言葉もまったく分からない外国に来たのである。
自分もまだ独身であった。普通なら二人の間に「何か」起きてもまったく不思議はない状況であった。逆に彼女としては何かが起こって 欲しかったのではないかとさえ思える行動である。
電話だったか手紙だったかで「旅行に行く」という話は聞いていたので、その日に合わせて会社に有給休暇願いを出して休暇を取っておいた。

晩生の私としては学校でも女子生徒と話をしたことがないのと、中学以来15年が過ぎており、どこで誰に聞いたか忘れたが 私が外国に居るということを知り連絡をしてきたのであった。
中学3年が16歳とすれば15年ぶりの再会ではあった。同じクラスに居たことはあるのでお互いに面識はあった。が、話をしたことは なかったはずである。
彼女の滞在した二日間(だったと思う)朝から夕方まで観光の案内をしてやった。
自分は赴任してすでに1年以上経っていたので観光名所は良く知っていた。
朝、ホテルからピックアップして一日中観光名所を見て廻り、夕方にはホテルに送り届け、夕食を共にして別れた。会計は言うまでもなく私持ち。
お互いに楽しい南国の二日間の想い出となった。
出発の日は空港まで送り届けて見送って分かれた。
ただ、それだけのことであった。「指一本触れていない」というのが事実だった。
それが反って彼女をその気にさせた(?)のかも知れない。「この男は紳士(古い言葉…)だ」と。

父親に答えた。
「ない、ない、ない。ただの友達だよ…」というのが私の返事だった。
お互い中学の同級生で31歳になっていた。
彼女の周りは歳を考えると色々と世話を焼く人が多くうるさかったのであろう。
で、その娘の口から出た言葉は前述のようなものだった、ということだった。
しかし、私にとっても、彼女にとっても、残念なのは彼女は上に書いた3人の娘の中には入っていなかったのである。

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