30年前のパソコンの話

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30年以上前のパソコンの話

今の時代、パソコンは必需品とも言える。
子供から老人まで誰でもパソコンを使っている。 
もちろん、パソコンが無くても日常生活に何の支障も無い人もいると思う。
昔、30年とか40年とか前はラジオ、テレビが貴重な情報源だった。
しかし、昔のテレビと違い今のテレビは制作費に金を掛けないバラエティー番組がほとんどではっきり言ってくだらない トークショーみたいな番組、お笑い番組ばかりで見る気がしない。 
クレヨンしんちゃんが一時期問題視されたが、今のテレビ 番組全体がそのクレヨンしんちゃんの兄弟分とも言える次元まで低落してしまった。
ほとんどのテレビを見ている限り知識も教養も身につかない。時間つぶしに視る(点けておく)のがテレビとなってしまった。

チャンネルを廻しても廻してもこれでもかこれでもかと言うくらいに出てくるお笑い番組。
こういう番組を見ている子供達は馬鹿になってしまうだろうと心配しているのは私だけだろうか?
お笑い番組とは言っても昔のお笑い番組は古典落語であったり、世相を風刺する漫才であったりして聞いたり見たり しているだけで歴史も、政治の世界も知ることができたが、今のテレビ番組から役に立つ情報はまったくといってよいほど 流れてこないのが問題だ。
少なくとも子供に見てもらいたい、何かを会得してもらいたい情報など全くないといって良い。

そこで昔のテレビ同様役に立つのがパソコン、インターネットである。
が、これも使い方を誤ると間違いを犯す ことになるので注意しなければならないのは言うまでも無いが、少なくともくだらないテレビ番組よりは有益な情報が 多いことも確かである。
自分が初めてパソコンに接したのはシャープのなんと言ったか手帳くらいの大きさの「電子計算機」だった。30年以上前 のことだった。
その当時でもNECがパソコンを販売していた。
PC-9100とかなんとかそのような名前のついた機種だった。 PC-9100の前にもPC-8100だったか、とかの機種があったが自分は当時はビデオカメラに凝っていたのでPCまで金が回らずPCは購入 できなかった。
ちなみにビデオデッキとビデオカメラで50万円以上の代物だった。PCを買うより高くついた。50万円と言えば当時の月給の3-4ヶ月分 であった(1970年代の話)。

最初に買ったPCはComodore社製のものだった。
モニターは無く家庭のテレビにつないで見る方式だった。
当時のPCは今のWindowsと違いスイッチを入れれば何でもできるものではなく、まず自分でプログラムを作らなければならなかった。
今で言うところのパソコンソフトである。
ゲーム機が出始めたのはその頃であったのでPCを買ってもほとんどの場合ソフトがないのである。
CobolとかBasicとかいうパソコン言語が有ってそれを使って自分の仕事、ニーズに あったプログラムを作らなければパソコンは只のブリキの箱同然であった。
ビル・ゲイツがプログラミング言語のBasicを売り出したのがその数年前の話で、彼のビジネスも駆け出しの頃であった。
彼が今ほどの金持ちというか成功者になるとはまだ誰も想像すらできない時代の話である。1980年頃の話である。

当時は、今では考えられないかもしれないが、ハードディスクなど付いてなかった。
一旦スイッチを切ったらすメモリー内のプログラムはすべてゼロになる。
USBが有るでなくフロッピーすらなかったのである。
プログラムを作ったらそれをカセットテレコのテープにモデムを使って「ピーピー、ジージー」と音を出しながら記憶させて いたのである。
あとでプログラムを使う時はそのカセットから読み込んでパソコンのメモリーに入れて又作業を開始したのである。
1985年頃にHDDが出てきたが100MB(0.1Gb)のHDDが2万円前後だった。
まだGB(ギガバイト)クラスのHDDは無かった。
単純比較はできないが、1.0GBのHDDがあったとすれば20万円、10.0GBで200万円、100.0GBが有ったとすれば2千万円くらいの 値段が付いたかも知れないという時代の話である。
今では100GBや200GBのHDDは小学生でも使っている。

ある休みの日に10時間ぶっ続けでプログラムを作った(書き上げた)。
朝から晩までずっとプログラムを書いていたのである。
「そろそろ終わりにしよう」と思っていた時に妻が部屋の電気コードに足を引っ掛けてコンセントが抜けてしまった。
10時間もぶっ続けでプログラムを作ってきてもう少しでカセットテープに記憶させようと思っていた矢先にコンセントが抜けてしまった。 そのためそれまでの10時間の苦労と汗と努力が水の泡と消えた。
跡形もなくなってしまったのである。
 

プログラムの欠片すら残らないのである。 
プログラムを作ったことの無い人へ説明するのは簡単ではないが、例えて言えば、原稿用紙(でもレポート用紙でも良いが)に10枚くらい 作文なり、会社へ提出するレポートでも良いが、を書いては消し、書き直し、又書いては消し、書き直しを続けて、丸一日をそれに費やし 「これで一応終わった」という段階でカバンにしまう前にそのレポート用紙が風に飛ばされて川に落ちて流されてしまったか、 火事で燃えてしまったようなものである。

それがあなただったらがっかりするでしょう。
一から書き直しをしなければならない訳だから・・・。そういうパソコンの時代があったのです。

初期のパソコン:キーボードと本体が一体化しているほかは何も無かった。 言うまでもないがモニター無し、フロッピー無し、ハードディスクも無し、マウスも無し。
今ではマウスがないとパソコンを使えない人も多い。
便利になるということは人間の能力のある部分が劣るということに通じる。
今のパソコンソフトやワープロでは「自動セーブ機能」が付いているのでその心配はない。
その機能がない場合でもボタンひとつ押すだけで文書等のセーブが1秒でできるので問題はない。
当時はレポート用紙10枚ほどの量ならばカセットテープにセーブするのに5分とかの時間がかかったのである。

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