管理人の三分間メモ
経験談を主体に書いています





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初めての海外旅行

毎年1000万人近い人が海外に出かけている。
と言えば「10人にひとり」が海外旅行か?と思うかもしれないが、そうではない。統計は延べ人数なので同じ人が 何度か海外に行ったらその分人数は減ることになる。 企業に勤めているビジネスマンなど忙しい人は一年に2回も 3回も海外出張をする人が多いのも事実だ。
金持ち、小金持ちが年に1度や2度海外に行くのも珍しくないだろう。とすると自分の推測だが1000万人のうち実際に 海外に行く人は800万人くらいではなかろうかと思う。

自分が初めて海外旅行へ行ったのは確か25歳のときだったと思う。
当時は羽田の航空会社の子会社に勤めていた。子会社にも社員割引があった。社員割引以外にも年に国内線に 限り1枚か2枚の無料チケットがもらえる制度があった。
北海道や九州出身者には大変ありがたい制度であった。お正月に田舎に帰るのに無料チケットで飛行機で 帰れたからである。1975年のころだから今とは比較にならないくらい飛行機という乗り物は庶民の乗り物では なかった。かなりの大枚をはたいて乗るものだった。
地方出身者はそのお陰で毎年正月には飛行機で田舎に帰れたのである。多分盆暮れに飛行機が混むのは このように航空会社の社員がたくさん乗るからではないだろうか?(笑) 

同じ地方出身者でも中途半端な 地方出身者、特に関東近辺の栃木、群馬、新潟、福島、長野、宮城などの出身者は皆自腹で電車に乗って帰省していた。
同じ群馬の出身者の同僚が曰く「ただ券(無料チケット)を使って札幌に行ってラーメンを食って帰って来る奴 もいるんだから俺達もそうしよう」という話を自分に持ちかけて来た。
「ラーメン食いたい奴には食わしておけばいいじゃないか」と自分は答えた。
「俺なんかラーメンなんか食いたくも無い」と。
実際問題自分はあまりラーメンが好きではなかった。うどんとソバの県で育ったのだ。

それにしてもわざわざ札幌までラーメンを食いに行った者がいたのも事実である。それも飛行機に乗って札幌にラーメンを食いに・・・。
飛行機が高値の花のその昔の話であるが、今でも自腹ならそんな馬鹿なことをする人間はいないだろう。
「じゃあ沖縄に行こう」と友達が言った。
「沖縄?あまり興味ないなあ」と答えた。
「沖縄は外国だよ」と友達。(当時はまだアメリカの施政下にあった)
「外国と言ってもなあ」と自分。(暑いところは苦手なのである)
「じゃあこうしよう。沖縄までただ券で行ってそこから台湾に行けば切符代も 安く上がるよ」と友達。
「そう言う手もあるか」と自分。
そんな理由で始めての海外旅行に台湾に行くことになった。

友達はその前に近場の韓国にも行っていたが、自分は「韓国は朴大統領が嫌いだから行かない。フィリピンは朴同様 の政治をしているマルコスが嫌いだから行かない」と誘いを断っていたが、台湾にはそのような理由が無かったので 付き合うことにした。
それもこれも動機は「ただ券を使わなきゃ損だ」という発想から来ていた。
沖縄に朝いちの便で飛んで午後の飛行機で 台北に着いた。
異文化に触れたのはその時が始めてであった。
テレビや新聞で見たり聞いたりしていた台湾と自分の 目で見る台湾は大違いだった。どうせ行くならと台北だけに限らず南の高雄まで行った。 
あまりにも日本的であったのに 驚いた記憶がある。(特に食べ物)
それもそのはずで、長いこと日本の植民地であった訳だから。
台湾は中華料理だと思っていたが 日本で食べる中華料理よりも日本食に近い料理を食べているのに驚いた。確か米も外米ではなくて日本の米を食べて いたような記憶がある。

異文化を知るにはその国の言葉を話すのが必要と感じてその後中国語を勉強することになった。 更に後になってフランス語、 タイ語、スペイン語まで勉強することになった。
今では上手く話せる順番に日本語、英語、中国語、タイ語、フランス語、 スペイン語、ドイツ語となる。
でも、頭の中がごっちゃ混ぜになって言葉がちゃんぽんで出てくることがあるので困ったもの である。まあ、ゆっくり考えて話せばそのようなことはないが、ペラペラ話そうとするとごちゃ混ぜになる。
中国語を話せる人はタイ語が簡単に話せる。フランス語を話せる人はスペイン語を勉強するのも簡単である。 日本語を話せる人は英語(米語)を話すのも簡単である。
でも、イギリス語は難しい。聞き取りも難しい。アメリカ英語慣れ し過ぎているためだが・・・。


2年後に一人旅でロスアンゼルス、サンフランシスコと周り帰路ハワイに寄って帰ったのが2回目の海外旅行だった。 団体旅行というものは国内、国外を問わずしたことがない。
しかし金もかかった。当時(30年前)の金で50万円はかかった。
その後でシンガポール、マレーシア、タイ、香港というコースの旅行もした。
その当時の7日間の海外旅行の予算は ツアーで行かない限り50-60万円は必要だった。 ほぼ半分が飛行機代だった。
今では東南アジアなどは切符代 だけだと3-5万円などというものまである。国内旅行は歳をとっても出来るし、国内のことは外国のことよりも 良く分かる。したがって若い時には外国旅行をすることを勧める。 
それでものの見方や考え方がマルチ(多方面から 見たり考えたりすること)になる。つまり、狭い視界が広くなりものごとの発想も多岐にできるようになる。
団体旅行の便利さ、手軽さはない(実際はしたことがないので便利かどうかは分からないが…)。が、一人で何でも しなければならないので一挙手一投足が自分の頭で考えた結果としての行動になる。見るもの聞くものすべてが直接 伝わってくる感動がある。
その延長線という訳ではないが29歳の時に日本を出てから30年の外国暮らしが続いている。
昔も今も「かわいい子には旅をさせろ」と思う。



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